梁の上から


連続共通テーマ企画〜テーマは続くよどこまでも?〜

第一夜「青春」

「青春」、そう聞いて読者諸兄は何を思い浮かべるだろうか。苦い、甘酸っぱい、出会い、別れ、あの子、あいつら、その他諸々。様々なものが胸に去来される事だろう。真に良い思い出である事だろう。誰かに語ったり、また誰かの青春を詮索したくなる事もあるだろう。だが少し待って欲しい。今日は「青春」に潜む危うさを指摘したいと思う。

単刀直入に結論からお伝えしよう。「青春」とは、ある種の資本主義的、帝国主義的幻想である、と。こうお伝えすると、中には「僻みだ」「いい青春を遅れなかったんだな」「可哀想に」などと考える向きもあるかも知れない。つまりそれこそが、小生が「青春」は危険な幻想であると考える理由の一つだ。
上で挙げたような、「青春」に否定的な人間に向けられる世間の目は、何かを思い起こさせないだろうか?そうだ、これは資本主義において資本家が労働者、或いは資本主義に否定的な人間に向ける眼差しそのものである。革命的な人間に向ける眼差しである!ある種の恐怖と軽蔑を纏ったあの眼差しだ!ではこの眼差しの意味するものの正体はいったい何なのか?
答えは簡単だ。彼等は恐れているのだ、我々の革命を!そこで彼らは各人の意思に反して、全ての人間を自分の有利な、「青春」という土俵に載せようとしているのだ!。「敗者」や「逃亡者」などのレッテル張りをして。そうでもしなければ、かれらは「青春」という虚構を維持できないからだ。この行き着く先に何が待ち受けるかはもうお分かりだろう。ある種のファシズムである。帝国主義である。実に民主的でないのは言うまでもない。

また、彼らは時に「未熟」「青臭い」等と口にする事もある。だが諸君はもうお分かりだろう。これも所詮青春帝国主義的な戯言に過ぎない。かつての「先進国」が、「文明化」を口実に世界各国を植民地化していった事、そしてそれのもたらした災禍はご存じだろう。
その通り、それと全く同じで、彼らは「文明化」ならぬ「青春」を経験しているから、自分らは偉いのだ、他の人間を好き勝手にする権利があるのだ、等と自惚れているのである。全ての人間が「青春」を経験すべきであるのだと!

さて、もう「青春」の危険さについてはお分かりになっただろう。「青春」等と美化されている言葉のいかに恐ろしい事か!しかし「青春」は世間に、世界に蔓延っている。我々はただ「青春」ファシスト共のなすがままにさせるしかないのか?否!諸君らにはファシズムや帝国主義の辿った末路を思い出して頂きたい。その通り。
最後に勝利するのは彼らではない!戦い続ける限り、我々には道がある!

P.S.
勿論、小生の「青春」に関してはお察しの通りである。この時期になると始まる、清涼飲料水等の「青春」賛美的なCMを見ている時の気持ちも、きっとお察し頂けると思う。何か空恐ろしい物を感じる、ほのかな苦さと、居心地の悪さとを伴ったあの気持ちを。

2016/8/1
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