梁の上から


失意の迷路

どうしようもなく何をやっても上手くいかない日というものはある。今日はそんな一日だったので何もする気が起きなかったのだが、人生がどうにもいかないと悩んでいる人の救いになれば、とパソコンに向かうことにした。

始まりは朝だった。昨日天気予報で「明日は雨だ」という旨の事を言っていたので、普段外に止めている自転車にカバーを掛けておくはずだった。だが掛けるのを忘れた。それを思い出したのは外出して雨が降り出してからの事だった。
次は用事があったので電車に乗っていた。手持無沙汰でぼうっとしていると、普段はそんなことはないのに急に眼の奥と頭が痛くなった。しかたないので眠ろうとしたが、なかなか寝付けない。あまり意識がはっきりしないうちに目的地に着いてしまった。
そして駅にある蕎麦屋に入った。その時はここでは何もなかった。無事に食べ終え、改札を出て目的地に向かい始めた。そして暫くして思い出した。今日は傘を持って家を出たはずだが、今は傘を持っていない。さては電車内に忘れたな、と思いさっそく駅の受付に向かい、傘が届いていないかを確認した。当然届いておらず、届くまで時間がかかるかもしれないので後で来てくれ、とのことだった。

そしてこれからが最大の悲劇への前兆だった。もしかしたら電車からは持って降りたが蕎麦屋に忘れたのでは、との考えが浮かんできたが、それならば後でもいいだろう、と用事を済ませに向かってしまった。人間はいつも取り返しが付かなくなってから気が付くものだ。あの選択は間違いだった、あのときああしていれば・・・、と。
暫く経って用事を済ませた後、もう一度駅の受付で傘について尋ねた。やはり届いていない、との事だったので、やっぱり、と蕎麦屋に向かい、店員に自分は傘を忘れなかったかと聞いた。

「あの辺に座ってましたよね?」と店員は答えた。

「ええ、そうです。」良かった、この調子ならあるぞ、と胸を撫で下ろす。

「さっきまであったんですが丁度誰かが持って行ってしまったみたいです。」店員のその言葉は想像だにしなかった一言だった。

聞いた瞬間、深い悲しみに包まれた。何とか礼を言って蕎麦屋を出たが、まさに茫然自失といった気分だった。思い出すだけでも耐え難い悲しみというものはある。これがそれだ。
これでも十分傷ついたはずだ。しかしまだ悲劇は襲う。帰り道、傘を持っている時は全く降っていなかった雨が降り出した。ああ、まさに今日は何をやっても駄目な日だ。これほど苦しいのなら、悲しいのなら、外になど行かぬ。そう思わずには居られないのだった。


以上が何をやっても上手くいかなかったとある一日の記録である。この文章を、何をやっても上手くいかないと悩んでいる同志と、自分の愚かしい浅はかさと、忘れられ、持ち去られた哀れな傘に捧ぐ。

2014/4/18
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