梁の上から


しばしのお別れ

一年もあと一息で終わり、と言う所まで来たが相変らずやる事のない小生は、原因の定かでない物足りなさと共にネットの海をただ漂っていた。ふと息苦しさを感じ窓を開けると、秋の爽やかな風が吹き込んできた。小生が求めていたのはこれかも知れない。そういう感じがした。
もし春が変人を活発化させる季節であるというのならば、秋は小生のようなものぐさな暇人を活性化させる季節なのかもしれない。

という訳で風に誘われて近所の公園へと向かった。無論公園に行ったからと言ってやる事などある訳では無いのだが。暫くの散歩の後公園に着いた小生はとりあえず近くの自動販売機で缶ジュースを買い、ベンチに座った。
平日の昼下がり、公園は静かな物で野鳥と数人の暇人が屯しているばかりである。平和な物だ。浮世のゴタゴタなど存在しないこのような感覚が湧きあがってくる。そして不思議と、「これでいいのだ」というような充実感を覚える。人間とはかくあるべきだ。人々が資本主義に毒されこのような感覚を忘れて久しいことが残念でならない。
・・・勿論小生を取り囲む現実が好転した訳では無く、後にそれを痛感させられることになるのだが、それはまた別の話である。

そして缶ジュースが無くなりかけた頃、小生は思いもよらなかったものを見かけることになる。こんな時期のこんな所で奴を見かけることになるとは・・・。いつも付きまとわれていた、勝手に部屋に入ってこられた、夏の思い出が胸に蘇る。
蚊だ。もう冬も近付いてきているというのに、はぐれたように蚊が一匹だけ小生を狙って飛んでいた。人間にとっても肌寒いのだ。蚊には言うまでも無かろう。周りには仲間もいない。そんな中健気に飛び回る蚊を見かければ、夏の間に感じていた鬱陶しさも無くなろうというものだ。小生は彼女が血を吸うに任せ・・・
るなどという事はありえない。蚊は小生に取っての障害の敵である。いつ何時見かけようと殺すべし。慈悲は無い。「見蚊必殺」、それが小生の座右の銘である・・・という事は無いが。ともかく素肌に止まり油断した所を素早く叩き潰した。これでいい。

物語はそこから始まる。この地球上では、生物の死は基本的にはそれで終わりではない。常に他の生物の糧となり、そしてその生物がいずれまた他の生物の糧となり、そして永遠に循環してゆく。小生が撃墜した蚊もまた、そのような運命をたどる。
蚊の事など忘れしばし夕飯の事など考えた後、ふと足元を見ると蟻が何かを運んでいた。よく見ればそれは小生が打ち倒した蚊であった。あの小生が落とした蚊は、かの蟻の貴重な食料となるのだ。
胸に熱いものが込み上げてくる。普段は人類社会で生活しその人類社会からもはぐれてしまった小生ではあるが、今この瞬間だけは地球の大きな生態系の一部であった。

そんな感動も束の間、缶ジュースも無くなり、心地いいというよりは寒くなり、学校帰りの小学生たちの声が聞こえてきた。やはり小生は爪弾き者でしかなかった。そんな実感と共に、小生は事案発生になる前に家路についたのであった。

2015/10/1
雑記一覧へ
topに戻る
inserted by FC2 system