梁の上から


「扉」

その時わたしは椅子に座っていた。これが仕事だとも言えるし、そうでないとも言える。わたしはしがない私立探偵で、仕事が無い時は、というより依頼人が来るまでこうして座っているのが常だ。だからこれが仕事でもあり、そうでもない。
時折街に繰り出して金になりそうな何かを探したりするが、近頃は平和なもので滅多に収穫はない。だからただ座って代わり映えのしない部屋を眺めたり、開かない扉を睨んだりしていた。

ふと扉を叩く音がした。久しぶりの客だ、と期待しながら、なるべくそっけない感じで「どうぞ」と言った。
入ってきたのは身なりの良くスーツケイスを下げた男で、内心これは金になりそうだ、とほくそ笑みながらそれを表に出さないよう努めた。
「私立探偵をやっていらっしゃるそうですね?」此方が口を開く間もなく向こうが切り出した。
「ええ、まぁそんなところかな」とわたしが答えると、すぐに彼が最もわたしが必要としていない客であると分かった。
「実はですね、最近わが社では私立探偵の方向けの通信講座を始めまして・・・」
この瞬間に依頼人が来なければいいが、と思いながらも、暇だったので喋らせるままにしておいた。彼がやっと帰ったのは一時間後の事で、半ば呆れながら彼の残していった資料とやらを屑籠へ放り込んだ。そしてまたわたしはただ座る仕事に戻った。

暫くまどろんでいた時、突然閃光が部屋を満たし、目を眩まされつつ飛び起きた。何やら部屋の中に妙な格好をした二人組が立っていた。彼らはぴっちりとした原色の全身タイツを着ていた。
「今は何年何月何日ですか?」やはり彼らも此方が口を開く前にまくしたてた。最近は人の話を聞かないのが流行っているらしい。
仮装にしてもあまりにセンスが無い彼らに若干面喰いつつも、机に乗っていた新聞を見せてやった。
「すごい!やっぱり成功したんだ!ありがとうございました!」片方が言った。もう片方が「早く行こう、あんまり時間は無いぞ」と言うが早いか彼らは出て行ってしまった。所謂「どっきり」という奴だろうか、と訝しんだが、暫く待ってもそれらしい人物はおろか誰も現れなかった。

そろそろこちらの話を聞く人間に来てもらいたいものだ、と思いながら椅子に座っていると、扉が勢いよく開けられ、今度は拳銃を持った男が入ってきた。
「おいおい、物取りは構わないが見る目が無いのは困るぜ。うちは見ての通りだからな」今度は彼が口を開く前に先制してやった。
「残念だったな、探偵気取りか?」彼は拳銃でこちらを狙いながら裏口へ向かい、そのまま出て行ってしまった。扉にかけてある看板も見ずに飛び込んできたらしい。
暫くして事件の臭いを感じると共に少し腹の立った私は彼を追いかけたが、行動に出るのが遅かったらしく、彼を見失ってしまった。

失意のうちに部屋に帰ると、犬が居た。開けっ放しにしておいた裏口の扉から入ってきたらしい。今日はどうにも坊主に終わりそうだったので、どこの犬だか知らないがこいつと遊んでやるか、と抱き上げた。犬はまんざらでもない様子で尻尾を振っている。人懐こい奴らしい。
その時廊下で犬の名前らしきものを呼ぶ声がした。こいつだろうか、と思い廊下に出ると、声の主が小走りでこちらに寄ってきた。どうやら彼女の犬らしい。
なおざりな会話を済ませ犬を渡してやると、嬉しそうに去って行った。こういう所から依頼が舞い込んだりしそうなものだが、そう上手くは行かないようだ。

またしても暇になった。どうしても暇なので通信教育の資料に手を伸ばしかけると、待合室で物音がした。今度こそ依頼人だといいが、と思っていたが、扉を開けて入ってきたのは想像もしていなかった人物だった。彼?は宇宙人としか言いようのない格好をしていた。毛の無い頭、銀色の肌、大きい目、小さい口、これまた銀色の服。宇宙人以外に何と言おう?
彼?も此方が口を開く前に、というより唖然として何も言えないでいる間に、何事かよく聞こえない声でまくしたてた。どうしたものか、と悩んでいると、彼は諦めた様子で出て行ってしまった。呆気にとられながら、通信講座には宇宙語とやらはあったのだろうか、と思った。

それからまた座り続けたが、誰も来なかった。そして最後まで誰も来なかった。時間が来たので事務所を後にし扉を閉めながら、奇妙な二人組や拳銃を持った男、宇宙人までもが来たのに何故依頼人は来ないのかと考えた。

2014/7/16
雑記一覧へ
topに戻る
inserted by FC2 system