梁の上から


テキストしりとり企画(通称ムカデ人間):「虜となってしまった」

「虜となってしまった・・・君の瞳に。」よくもまぁ、そんな気障な、クサい台詞が吐けるもんだと思った。

・・・ここは東京、とある駅の地下。多くの路線がここを通り、それに比例する形で駅やその周辺施設が増え、またそれに伴ってそこを訪れる人々や通行する人々が増える。そして駅や周辺施設、通路が増えて複雑になるにつれ、地上の道と同じように人通りの多い所、少ない所が分かれてゆく。
閉じられた扉、使われなくなった、封鎖された通路等、恐らく地下には誰も知らない空間が数多くあるのだろう。異世界に通じる扉もひょっとしたらあるんじゃないか、魔物が住んでいるんじゃないか、そう考えてしまうこともある。
その日はたまたま、外出の用事があったので、地下鉄を利用していた。いい加減雑踏に飽き飽きしていたので、普段は使わない、人通りの少ない経路を使って乗り換えすることにした。若干遠回りになるかもしれないが、急ぎの用事でもない。気分転換でもしよう。

相変わらず人通りが少ない。が、少ないながらもすれ違う人、同じ方向に歩く人は居る。或いは、浮浪者も居るかもしれない。だが都会では当たり前のように、殆ど全員が全員に対して無関心だ。無情ではあるが、都会で生き残るための掟である。
近代化に伴って、人は都市に集まり、農村で生活していた中世の頃からは考えられなかった程多くの他人と会う様になったらしい。だが一体その中でどれだけの人間と、深く付き合うというのだろう。もしかしたら中世の頃より少なくなっているかも。
そんな事を考えながら歩いていたら、あるものが目に留まり、足を止めた。物陰で抱き合うカップルだ。人通りも少ないし、自分達の世界に入っているのだろうか、周りには「我関せず」といった風に戯れあっている。

男が言った。「虜となってしまった・・・君の瞳に。」女が答える。「もう、○○君ったら。」
よくもまぁそんな気障な、クサい台詞が吐けるもんだと思った。地下とはいえまだ昼間だし、数少ないとは言え人目もある。何より、言っていて恥ずかしくないのだろうか。恋に落ちたというか、恋に恋した若者というものは何をしでかすかわからない。

・・・ふと眠っていた記憶が蘇ってくる。あれは何年前の事だっただろう、とにかく大昔だ。そのときもやはり地下道を歩いていたのだが、偶然にも高校時代同級生だった女性と再会した。親密にしていたという訳ではなかったが、何の気まぐれか夕飯時だったので近くの飲食店に行くことにした。
同窓会には行っていなかったので、高校を出てからの進路、現状、将来の不安、友達がどうの、そういった事を話したように思う。楽しくなかった、と言えば嘘になるし、少しでもときめかなかった、と言えばこれもやっぱり嘘になる。同窓会ならまだしも、二人っきりだったのだ。

そして別れ際、今でも何であんなことを言ったのかわからない。告白のつもりだったのだろうか。
「虜となってしまったんだ。君の瞳に・・・乾杯。」
確かに自分はそう言った。
彼女は笑って答えた。
「そんなこと言えるんだ。そういうタイプには見えなかったけど。」
そして分かれた。当然、それっきり何があったわけでもない。

そんな思い出に浸っていたら、かのカップルがこちらを見た。少々彼らを眺めすぎたかもしれない。
カップルは、困ったような、照れくさいような、でも勝ち誇ったような顔を一瞬して、また彼らだけの世界に戻った。
そして自分も再び足を動かし、自分の世界に戻った。
だが相変わらず、あの時自分は何故あんなことを言ったのか、告白だとしたらもっとマシな台詞はなかったのか、そういった思いは消えなかった。

やはり地下には、魔物が住んでいるようだ。










というわけで以上が企画の文章。
ルールは簡単。「前の人のテキストの最後の一文を自分のテキストの最初に使ってどんどん繋げて行こう!期限は三日。」これだけ。
前任の二通道新聞社の野辺山氏の最後の一文が「虜となってしまった」だったのでそれから初めた。鉤括弧とか付けたりしたけどルール違反じゃない・・・よね。
この文章の最後の一文は「やはり地下には、魔物が住んでいるようだ」だったので、後任のアメとガチムチのガチムチ氏はそれからということで。

2014/2/20
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