梁の上から


トータル・ディザスター

「革新」やら「新機軸」やらの持て囃される現代ではあるが、人間というものは時にマンネリだとか、いつものアレだとか、そういった物を欲するものだ。
いつもの流れ、いつもの味、いつもの感覚・・・何の心配も無く接する事が出来るもの、或いは「お約束」というヤツの魅力は捨てがたい。

今日見た「トータル・ディザスター」なんかもその類いのものの一つだった。スケール感の有るんだか無いんだか判らない災害、よく分からない位置関係、やたらと爆撃に拘る人、少ない登場人物、人間ドラマっぽい何か、「それでいいのか」な解決方法、その他諸々。
「そうそうこれこれ」とか「やっぱそうなるよな」とか、手持無沙汰な気はするが何もしたくない時に見るのに丁度いい魅力に溢れていた。

ただ、今回のこれは災害描写にバリエーションがあって使い回しも少なかったし、原因究明や解決策発見に納得させるような勢いもあったし、また実際に災害の大元を止めに行く辺りはそれなりに緊張感があった。
そのおかげか、それとも朝の九時なんかに見ていたせいか、いつもより面白く感じた。人間ドラマ的なアレも比較的丁寧に描写されていて取ってつけた感はあまり無かった。

ただし実際に災害の大元を止める所だけはいつもよりどうしようもなかった。街に墜落してきた衛星の残骸とそれに搭載されていた化学物質が今回の原因となっていたのだが、それに水をかけに行くのは構わないし、それにポンプ車を使うのだって結構だろう。一方でビルサイズの筍のように巨大な塊となり、また一方で大気中に拡散している原因物質に対しポンプ車に載せられる量の水でどうにかなるのかとかはよく分からないから置いておく。
実際の放水が火災時の消防車のような感じじゃなくて家庭のシャワーみたいな感じだったのはどうにかならなかったのか。それまでがそこそこ緊張感のある感じだっただけに妙に脱力してしまった。

2015/3/3
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