梁の上から


2014年1月

2014/1/31
もうしばらくコーヒーを飲んでいない。コーヒーが足りない。思考が纏まらない。コーヒーだ、誰かコーヒーをくれ。

2014/1/30
世の中は危険と絶望に満ちている。常にどこかで事件がおき、誰かが何かを失い、裏社会の住人が大都会の華やかなネオンの下で暗躍している。今日はそんな体験をしたので、ここに記す。
始まりはささやかなことだった。用事があるので図書館とコンビニに行こうと思い立った小生は、普段足に使っている自転車に乗ろうとした所、空気が抜けていた事に気が付いた。思えば、これが予兆だったのかも知れない。この時点で外出は辞めておけば・・・と、後になって思う。仕方なく空気を入れようとしたが、恐ろしいことに空気を入れる所自体が壊れているらしく、入れているそばから抜けていってしまった。
仕方なく徒歩で向かうことにしたが、家を出た時点では全く晴れていたのに、もはや帰宅もままならない距離まで歩いてきてしまった時点で雨が降り出した。何ということだろうか。天を恨みそうになったが、この程度で屈するわけには行かない。最早後戻りは出来ぬと腹を括って再び歩き出し、ついには図書館に辿り着いた。しかし、ここでも悲劇が待っていた。
借りる本は事前に決めていたので、早速検索機で調べてみる。無い。何かの見間違えでは無かろうかと再び検索する。が、やはり無い。その後再三検索したが、何度調べても無い。たちの悪いことに、区内のほかの図書館にはあるのに、小生が行った最寄の図書館にのみ無かったのである。「何故だ?」と膝を付きそうになる小生を支えた最後の希望は、コンビニだった。
そして最後の希望であるコンビニに向かう。コンビニといえば、二十四時間三百六十五日開いている。おまけに小生の用事といえば注文している商品の料金払い込みである。買い物ならともかく、これでは何者の妨害も入りようが無い。希望と共に歩を進め、コンビニに到着した小生を待っていたのは、全く予想だにしなかった展開であった。
店舗内が何故か妙にがらんとしており、入り口には謎の張り紙があった。「リニューアルオープンの為、下記期間一時閉店します」、その張り紙にはそう書いてあった。丁度その期間というのは、小生が行った日を含め注文の払い込み期限に被るような期間であった。
もはや希望など存在しない。やはり外は絶望に満ち溢れている。全ての望みを立たれた小生はこれ以上の不幸を避けるため、失意のうちに帰宅したのであった。

2014/1/26
今日は水着の一形態である「ビキニ」について少々考えた。特に理由があるわけでもなく、単なる思い付きからだ。「ビキニ」という呼称の由来と言えば、「登場時にその衝撃をビキニ環礁での原爆実験になぞらえた」という逸話が余りにも有名である。
そうだ。かつて「ビキニ」はその大胆さ故に米帝の一般的なビーチでは着用禁止とされていたとかされたいなかったとかいう程ショッキングだったのだ。それが今では夏になれば若い娘さん達が皆こぞってこれを着て己の肉体を武器にナンパ待ちなるものに勤しんでいる程、ありふれたものになってしまった。時代は変わったものだ。「簡単に肌を見られる」ようになって良い時代になっただろうか、それとも「隠す奥ゆかしさ、恥じらい」が失われて悪くなっただろうか。小生には、わからない。
さてそんな「ビキニ」であるが、例えば原爆実験が行われたのが「ポテト」環礁だとか「ドーナツ」環礁だとかだったらどうだろう。これほどまでにこのタイプの水着は流行っただろうか?言葉の響きというのは重要だ。もったりした響きや既に別のイメージが付いてしまっている名前であったなら、きっと流行らなかったであろう。
特にやることも無かったのでそういったことを考えていた。因みに小生は海に行った事も水着ギャルとあんなことやこんなことなどした事もないので、実際に多数の水着ギャルがナンパ待ちなるものをしているかどうかはわからない。あしからず。

2014/1/25
最近家に篭りがち故運動不足でよろしくない、何をするにもまず健康から、と思い立ったので久しぶりに体を動かしてみることにした。流石に素人が外で走るには向かない季節であるので、取り敢えず家の中で出来る事をしようと物置こと魔窟を探索していると、鉄アレイと例の握るアレが出てきた。
これと家にある何かに掴まって懸垂と腹筋背筋スクワット、後はストレッチでもやれば充分であろう。そう考えていざ始めようとした所、あるものが足りない事に気が付いた。知識である。「敵を知り己を知れば百戦して危うからず」の言葉通り、知識と分析、身の丈にあった行動は何より大事だ。
身近に運動が趣味といった人間は居ないので仕方なくインターネットに頼ってみると、「正しいトレーニング方法」なるものをレクチャーするサイトはいくつも見つかったが妙な横文字や単語が並んでいて何の事やらさっぱり解らない。見ているうちに「これが情報の非対称性か。彼らは正しい伝達をする気はあるのか?それっぽい単語を並べて悦に入っているだけではないのか?」といったような憤りを覚え、思わず手元にあった例の握るアレを握り締めてしまった所、ふと「なるほど、これが正しいトレーニング法なのか」と気が付いた。
正しいトレーニング法を体得した小生は、思わず懸垂や腹筋背筋をしてしまうような憤りを探すため再び電脳の世界に身を投じるのであった。

2014/1/24
食事中或いはこのサイトをティータイムのお供にしている方には恐縮だが余り綺麗でない話をさせて頂くことをご了承いただきたい。今日は「鼻水」について書こうと思う。勿論ソフィスティケイトされておりハイソサエティなこのサイトなので「鼻水びろーん」とかそういうのではない。
ここ数日小生は鼻水に悩まされている。春になればやってくるあの恐怖の「花粉症」の一足早い襲来のせいか、はたまた一寸した風邪のせいかは解らないがとにかく鼻水に悩まされている。こんな日は「ああ、何故鼻水などが出るのだ。一体お前はどれだけの人間をどれ程苦しめれば気が済むのか。」などと思ってしまうが、今回ばかりは「出るから出るのだ」としか言いようが無い。
鼻水の基本的な機能といえば呼気に湿気を含ませ肺を乾燥から守るのと、異物の侵入を防ぎ又その排除を容易ならしめる、この二つである。勿論前者は今考えた出鱈目であるが後者は確か本当だ。所でここで少し考えてみてほしい。何かおかしな点が無いだろうか?
そう、現実の鼻水が果たしている役割と本来の目的である「異物の侵入を防ぎ又その排除を容易ならしめる」が食い違っている。現実の鼻水といえば鼻呼吸をほぼ不可能にする程詰まり、また幾ら鼻をかもうとも容易には出てこない。「異物の侵入を防げてはいるな」、などと思ってしまうかもしれないが、人間鼻での呼吸に大きな困難が生じれば自然と口でも呼吸をしてしまうものだ。喉にも異物の侵入阻止・排除の機能はあるが鼻で呼吸した場合に比べてその効果は少ない。これは一体何の冗談だろうか。
勿論、適切な量が出ている状態であればその効果は素晴らしいものである。しかし、風邪花粉症その他でバランスが崩れてしまえば目も当てられないような状況になる。・・・ここでふと気が付いた。この煩わしい鼻は、鼻水は、身を以って「過ぎたるは及ばざるが如し」という事を我々に教えてくれているのではないか?
嫌われ役を買って出てまで・・・なんと健気なことか。そう考えれば、この煩わしさ、鬱陶しさも幾らか軽減されるのではないか?
・・・いや僅かばかりも軽減されなかった。残念。

2014/1/22
今日はとてもクリエイティヴィティに溢れた気分だったので何かクリエイティヴなことをしようと朝からパソコンの前に座っていた。ひとまず創造性を刺激してくれそうな物を探し、「ふうん、こういう表現方法もあるんだね」とか「なるほどこれはいい考え方だね」などと言っている内、偶然にも所謂「萌えアニメ」というもののサイトに辿り着いてしまった。
余り気は進まなかったが偶然に辿り着いてしまった以上見ないわけにも行かないので仕方なく堪能していると、ふと「ブルーレイディスク」なるものの宣伝が目に入った。これと専用の機器一式を購入すればいつでも好きな時に見られるという便利な代物で、これがあれば録画を忘れても見逃したあのシーンやお気に入りのあのシーンを何度でも見返すことが出来る。「素晴らしい、文明はとはかくあるべきだ」と膝を叩いて感心していた所、ふと心に引っかかるものがあった。
小生はご存知の通り「文明の発展、芸術とマスプロダクションの関係性」というテーマについて日々思慮を巡らせているのであり、この萌えアニメなるもののブルーレイディスクを見た瞬間に、それが大量生産されている現場を想像したのである。パッケージやディスク表面には煌びやかな少女達がまるで聖母か天使かと言わんばかりに微笑んでいるが、これはれっきとしたマスプロダクツである。裁断前の長く連なったジャケットや印刷機から列を成して出てくるディスクを思い浮かべて見て欲しい。小生はその時、筆舌には尽くしがたい妙な感覚を覚えた。
この手の物のパッケージと言えばキャラクターがこちらを見ているようなデザインの物が多いように感じる。「特別な貴方へ・・・」といった風にだ。しかしその実、キャラクター達が見ているのはパッケージの前のその人では無く、「消費者」という存在を一様に見ているのだ。ここにおいて我々は彼女らにとって何ら特別な存在ではない。「○○ちゃんは僕だけを見ていてくれなきゃやだ」なんて事を言いたいのではない、小生は自分があの子に釣り合うような良い人間だとは思っていない。そのような自惚れはしていない。
・・・とそのような事が言いたかったのではない。工場といえば搾取の最たるものであり、労働者は皆死んだ魂を疲れた体に押し込んで働いていると聞く。しかしそんな彼らが作っているのがあの煌びやかな製品なのだ。彼ら労働者はどのような気分で製品を作り、またそれを見ているのだろうか?小生はここに現代の病理とも言うべき構造的矛盾を感じずには居られないのであった。
そんな事を考えていたらクリエイティヴな気分が満たされたのでいつものネットサーフィンに戻ったのであった。

2014/1/18
冬の寒さが身にしみる。そこでふと考えた。「何故寒いのか?」と。勿論、「寒いから寒いのだ」といったトートロジーや、「分子の運動が云々」といった物理学的な事を述べたいのではない。
「暖かくしているから寒いのでは?」、これが結論だ。確かに、「一見それっぽいが全く意味の無い文句」に見えるかもしれない。が、これはある種の真理を含んでいると確信している。
南方の人間が凍える様な気温であっても、北方の人間は熱いと感じる時もある。これはつまり普段北方の人間は寒さにさらされ、我慢している。よって、「寒い」を「寒い」と感じない。この逆もまた然りだ。
実体験から言っても、暖房など点けていなかった頃は周囲の人間に驚かれるほど手足が冷えても何とも思わなかった。しかし一度でも暖房を点けてしまった後は、今まで何とも思わなかった寒さでも、暖房に頼ってしまうほど応えるようになった。
夏と冷房に関してもだいたい同じだ。今我々は「寒い(暑い)と感じ暖房(冷房)を入れる。すると寒い(暑い)と感じる閾値が変化してしまい、今までは何とも思わなかった気温でも空調に頼ってしまう。そしてまた寒い(暑い)と感じる閾値が変わり・・・」といったループに陥ってしまっている。
我々はこの悪しき循環を打ち破らねばならない。先ずは空調を捨て、いずれはあるべき姿を取り戻そう。
・・・そんな事を考えていたら、どうやら風邪を引いてしまったようだ。やはり、暖かくしよう。

2014/1/15
最近妙な眠気に襲われる日々が続いており、部屋に布団が敷いてあるとすぐ寝てしまうので仕方なく布団を上げ、机に向かって過すことにしている。そのおかげで非常に勉強が捗り、社会復帰も今や目前・・・なんて事にはなかなかならない。現実は非情だ。
今の眠気は眠れば眠るほど眠くなる眠気であるがかといって眠らなければ眠くはならないかといえばそうでもなく、相変わらず眠いのである。そのため、勉強等もままならずただパソコンでインターネットサーフィンなどして時間を潰しており、それならいっそ寝ていた方が有意義なのではと自分でも思ってしまう。
だがしかし文字通り一日中寝ていたときの絶望感は多くの方々にも共感頂けるはずで、その絶望感を考えるとどうしても寝ているという選択肢を取りづらいのが現状である。この闘争に終わりはあるのか、我が方の勝利の可能性はまだ残っているか、そんな不安を押し殺しながらパソコンに向かい、またインターネットで気を紛らわせるのであった。

2014/1/10
自分でサイトをやり始めてから動画サイトとかの閲覧数1000がいかに凄いかを思い知った。まぁ単純比較は出来ないがそれでも四桁の壁ってのは大きいなぁ、と。
それはともかくハートフォードの九四式とCAWの十四年式を買っちゃったよ!あ、モデルガンだよ!合計で六万円位したけど一切後悔してないよ!イヤッホォオオオオウ!
なので凄くテンションが高いよ!日本軍の拳銃っていいよね!ヤンキー共の拳銃も素敵だけど日本軍の拳銃はかっこいいとかそういう次元じゃない魅力があるよね!
最早魅力とかより引力といってもいいよね!マガジンやダミーカートを出し入れしたりスライドをシコシコしたりして一人でにやついてるよ!あ、でもあんまりやると壊れるから注意しようね!
発火式?は楽しそうだけどうるさそうだし遠慮しとくよ!分解清掃も楽しいけどね!
「フィギュア類は一つ買うと増える」と巷で噂になっているがそれに限らずこういう趣味全開なものって一つ買うと増えていくよね。はぁ怖い。

2014/1/4
明後日祝日だやったーとか大喜びしてたら一週間見間違えてた。せつないぜ。
今日は新しい本棚を買った。これで床やその辺に置きっぱなしになってる本とちょっとした物がしまえる。
因みにこの本棚、最近良くある組立式って奴だったんだがこれってどうなんだろう。確かに安めなんだろうけどどうにも損した気分が先行してしまう。
組立式とはいえトーシロが組めるレベルなんて高が知れてるしどのみちその程度なら自分で材料買ってきて出来ちまうんじゃないかなーとか思ってしまうんだがどうなんだろう。
確かに表面の仕上げとか設計とかねじ穴開けとか色々とあるし・・・うーん。

2014/1/3
はい、何故でしょう。もう三日ですね。新年は景気良く毎日更新行くぞとか思ってたんですが気が付いたら三日になってました。「一体何があったのか説明して頂戴!」と叫びたい気分です。・・・駄目?そんなぁ・・・。
相変わらず家から出ない日々をどうにかしようと最寄の大手ゲーム屋に行ったんですが、まぁ正月セールとかやってますよね。いっつもその手のセールについて思ってることがあるんですが、散々得だ何だと煽っておきながら置いてあるものはだいたいどこの店にも同じような値段であるような物ってのはどうにかならないもんでしょうか。
確かに極少数「確かに正月特価だな」と思わせるものも無いことはないんですが・・・。そういったものを探すのが正しい楽しみ方って事ですかねぇ。
それにしても何か2014年になった気がしないなぁ。現実逃避とかじゃないですよ本当に。

2014/1/1
明けましておめでとうございます、本年もどうぞ宜しく・・・なんて挨拶は似たようなものを昨日書いたしもういいか。
この一年の抱負でも書こうかと思ったけど別にたいしてないしなぁ・・・。まぁ、いつも通りやっていきます。
という訳で、また新しい一年が始まってしまったという恐ろしい事実を前にして恐怖に震えながらさようなら。

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